18歳の私が初めて見た「夢の国」

スポンサーリンク
海底に沈む宝箱の写真。思い出を象徴するイメージとして使用。 日常
※この記事は2020年当時の記録をリライトしたものです。現在の状況とは異なる場合があります。

久しぶりにディズニーシーへ行った日の記事を書いた夜、 ふと、18歳の私が初めてディズニーランドへ行った日のことを思い出しました。

あの日の私は、未来なんて何も分からないくせに、 なぜか何でもできる気がしていた。
勢いだけで生きていた、あの頃の私。

そんな若さのまま向かった「夢の国」の思い出を、少しだけ書いてみます。

東京ディズニーランド、18歳だった私

「千葉の浦安にディズニーランドができるらしいよ」と聞いたとき、 “行ってみたい!” と胸が弾んだのを覚えています。

高校3年、18歳。
あの頃の私は、弾けんばかりのエネルギーに満ちていて…戻れるものなら戻りたい。

友達のお姉さんが旅行会社に勤めていて、チケットを手配してくれるという話があり、
即答で「行く!」と返事。
メンバーは合計6人。
今思えば、ちょっと不思議な組み合わせでした。

  • 高1の時のクラスメート3人(今でも仲良し)
  • 高3のクラスメート2人(仲良くも悪くもない、普通の関係)
  • そして私

オープンから2か月後、ちょうど創立記念日だったので、みんなで出かけました。

天気は快晴。
同じ高校の子たちにもあちこちで遭遇して、なんだかお祭りみたいな雰囲気。

チケット代は3,000円台。
今と比べると驚くほど安いけれど、当時の私には「高い…!」と思っていました。

待ち時間は今ほどではなかった気がするけれど、
スペースマウンテンだけはしっかり並んだ記憶があります。

当日、根性で来た友。結局遊べず…

この日の初ディズニー、実は“根性で来た友”が1人いました。
チケットを手配してくれた子で、誰よりも楽しみにしていた子。

前日までずっと 「あと◯週間!あと◯日!」 とカウントダウンしていたほど。

ところが当日、電車で偶然その子を見つけたら、様子が変。

「熱出ちゃった〜😢」

なんと38℃。
それでも「どうしても行きたい!」と来たらしい。

私は37.5℃で瀕死になるタイプなので、 「うわっ、すげえな…」と心の中で尊敬したほど。

でも、やっぱり無理ですよね。
到着した時点で彼女は救護室行き。

当時は救護室が何か所かあって、 「ずっと同じ場所にはいられない」とのことで、移動しながら休ませてもらいました。

写真も撮ったけれど、どれも具合悪そうで可哀想だった。

一方で、私たち残りのメンバーはしっかり楽しみました。 (ごめん…)

帰る頃、最後に夜景をバックに写真を撮ろうとしたら、 それまで快晴だったのに突然の雷雨。
すぐ止んだけれど、私の中では強烈に残っている出来事。

この前の飲み会で話したら、誰も覚えてなかったけど。

おまけ:2年後、根性娘とリベンジ

その2年後、根性娘と2人でディズニーランドへ。

平日水曜、小雨。
最高の条件。

なぜなら、全く並ばない

スペースマウンテンなんて、5回連続で待ち時間ゼロ。
夢のような時間。

高校の時は電車だったけれど、この時は車(根性娘の)で楽々。
私たちの時代は、免許を取って車を持つのが普通だったんですよね。
まさにバブル。

ところがまた事件発生。

ディズニーに向かう途中、ワイパーが突然動かなくなるという恐怖。
近くのガソリンスタンドに駆け込み、事情を話すと 「遊んでいる間に見ておきますよ」と言ってくれて、本当に助かりました。

応急処置ではあったけれど、無事に帰宅。
あの時のお兄さん、本当にありがとう。

おわりに

18歳の初ディズニーは、ワクワクとハプニングが詰まった忘れられない思い出。
今思い返しても、あの頃の空気や気持ちがふっと蘇ります。

またいつか、あの時のメンバーで行けたら面白いだろうな。

タイトルとURLをコピーしました